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ボクはパリ症候群だった 【連載最終回】

November 13, 2011

paris症候群10-2.jpg

愛すべき場所であり、魔窟のような場所、それがパリ


皆さんは、ただそこを歩いているだけで、心もうきうき、足下もふわふわする、なんていう経験はありますか? ボクは日本だと、そうですね、東京は青山くらいでしょうか。好きな街は下北沢や吉祥寺ですが、そこを練り歩くうきうき感とは、ほとんど異質の気分を味わえることが出来る場所があります。もちろん、それがパリです。世界的に有名な建造物があの小さな街に、所狭しと並んでいます。顔を見上げるとエッフェル塔がミニチュアみたいに、遠くの空に見えます。

フォーブール・サン=トノレ通りを歩いてみましょう。高級ブティックが軒並み並んでいます。ブランド好きにはたまらない通りです。シャンゼリゼ通りを歩きましょうか。世界各国から訪れる人々でいつも賑わっています。クリスマスシーズンになると、イルミネーションが幻想的です。世界一の夜景です。そして逍遙(しょうよう)に疲れたら、近代の趣を残すオシャレなオープンテラスのカフェでエスプレッソを一杯。本当に幸せです。

どうしてそんな街にいて、病むのでしょうね? 笑っちゃいますよね。今まで9回の連載を通じて、フランス・パリの良いところ、悪いところを隠さず書いてきました。まだまだ書ききれないほどの愛憎入り交じる出来事があります(郵便局が頻繁にストを起こして大事な荷物を届けてくれないとかね)。ボクだけではなく、友人達の体験も紹介すれば、一冊の本にだってなっちゃうくらいです。旅行をする分には、パリだけではなく、地方(たとえばエクス=アン=プロヴァンスだとかブルターニュ地方だとか)も素晴らしいです。特に南仏で食べた魚は、びっくりするくらい美味しかった。そしてカランクで見た、エメラルドグリーンに輝く地中海。本当に、全てが宝石箱のようなのです。

どうしてそんな国にいて、病むのでしょうね? 本当に苦笑が漏れます。ボクのパリ滞在のうち、後半ともなればほとんど引きこもり状態でした。何もかもが億劫で、電話が鳴ったり、公的機関から手紙が来たりする度、やるせない溜め息をついていました。いつも不条理で不合理で理不尽な問題をはらんでいたからです。様々な手続きは日本以上に官僚的で煩雑で時間と手間がかかり、たらい回しにされた上に、結局どこにもたどり着けない。そういうカフカ的状況は日常茶飯事でした。ボクもある程度覚悟をしてフランス滞在していたはずなのに、全くもって想像以上の不条理でした。

パリ症候群の全容はまだまだ明かされていません。ボクがこの場を通じて伝えたかったこと、それはパリという都市は愛すべき、しかし同時に魔窟のような場所である、と言うことです。しかし、それこそがもしかすると、パリの大いなる矛盾であり、未だに世界中の人々を惹きつけて已まない魅力なのかもしれません。では最後に、詩篇の一句のような、この言葉を残したいと思います。
「オレはパリを愛したが、パリはオレを愛さなかった」(連載・了)


執筆者/湖之鳥タクマ
ライター・トランスレイター。執筆の傍ら、フランス語・英語講師。三年ほど文学・美術を研究の為、パリ大学に在籍。パリ症候群を発症し、失意のうちに帰国。二度とフランスには帰りたくない!

写真/天野裕子

ボクはパリ症候群だった 【連載第九回】

November 01, 2011

paris症候群9.jpg

パリでは足下を見るべからず、
上を向いて歩くべし

 
Bonjour! フランスでは虚勢を張って、スーパーでちょっとでも高いワインを買っていた方、湖ノ鳥タクマです。パリ症候群に罹らないために、ボクがこの場で「郷に入っては郷に従え」と、口を酸っぱくして皆さんに申し上げて参りました。ちなみにフランス語では"À Rome il faut vivre comme à Rome"(ローマにいるときは、ローマにいるときのように生きなければならない)と言います。これはフランス人達もイタリア人には敵わない、という暗黙の意味を含んでいますね(もちろん嘘です。フランスに住んでいる人にしか分からないジョークを済みません。あ、イタリアンの方々にも済みません)。

しかし、いくらそうは言っても、我慢にも限度がある......と言うこともパリにおいてはしばしばです。ボクが面食らった、le plus mauvais(最悪の)出来事の一つをお話ししましょう。フランスでは、日本と違い、食器を洗うスポンジでテーブルふきんのようにテーブルを拭いたりします。それを初めて知ったとき、へえ、と思ったものでした。ある日、フランス人の友人宅でデジュネ(ランチのこと)を済ませたあとのこと。歓談しながら彼は、床に落ちていた何かのソースをそのスポンジで拭き、そのまま直にテーブルを拭きました。ボクは南極海の荒波に突き落とされたペンギンのような衝撃を味わったのです。おい、ちょっと待て。床って、ボクらは土足で歩いているんだよね?(ご存じのように西洋人は部屋の中でも土足が原則です) テーブルから床の順序ならまだ分かる、だがなぜそこで床から食卓なんだ、おい。そう心の中で叫びました。そして"À Rome il faut vivre comme à Rome !"と念仏を唱えるようにつぶやき、何とか発狂せずに心の平静を取り戻せました。

フランスの不衛生はとても有名です。今でこそ観光客らの不評を買い、法律で厳しく取り締まりの対象となっているのですが、以前は平然と道路にゴミと犬の落とし物が転がっていました。場所によっては今でも恐らくそうでしょう。ボクは運良く、落とし物を踏んだのは2回で済みました。頭のてっぺんからつま先まで、完璧なコーディネートを施したパリジェンヌでさえ不運にも踏んじゃう都市生活(oh, mon dieu!)。そこはクールに、何事も無かったように石畳に擦りつけて落とすのがパリジャン・パリジェンヌです。そんな道を歩いている靴で生活している部屋の床を拭いたスポンジでテーブルを拭く。暴挙にもほどがあります。許していいことと悪いことがあれば、確実にこれは後者です。本当にパスツール(細菌学者で病原菌の研究などをしていた)を生んだ国なのか!? とツッコミを入れて差し上げたくなります。しかしそこでやっぱり面と向かって何も言えないのが、我らがパリ症候群の病理と言えるでしょう。

他にもこの不衛生については書きたいことが山ほどあるのですが、無念にも紙面が尽きてしまいました。でも最後に一言。「煌びやかで美しい街、パリ」なんて幻想です! だから幻滅したくなければ、パリにいたら足下を見ずに、上を向いて歩きましょう。しかし、坂本九さんも良い歌を歌ったものですよね。

執筆者/湖之鳥タクマ
ライター・トランスレイター。執筆の傍ら、フランス語・英語講師。三年ほど文学・美術を研究の為、パリ大学に在籍。パリ症候群を発症し、失意のうちに帰国。二度とフランスには帰りたくない!

写真/天野裕子