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ボクはパリ症候群だった 【連載第七回】
September 10, 2011

「郷に入りては郷に従え」と言うけれど・・・
Bonjour! 皆さん、ご機嫌いかがでしょうか。ボクもパリ症候群の病から癒えて間もないですが、最近やっとフランスという言葉に過剰反応しなくて済むようになりました。まだまだ完治まで先は長いですが、頑張ります。さて、先日読者の方から感想のメールを頂き、思うことがあったので、今回は特別企画として、そのお返事という形で皆様にお届けしたいと思います。
「パリ症候群、どうしたらいいものなんでしょうね?(略)結局の所語学云々ではなく、コミュニケーションコードの問題と、本人が抱えている問題とが合わさった時にそうなるのかなと思います。なりやすいタイプの人と、そんなことにはまったくならないタイプの人がいるんでしょうね。」(Iさん)
前回、ボクは語学力をパリ症候群の大きな原因の一つに挙げていましたが、この方は十分な語学力があっても「コミュニケーションコード」(人が意思を通い合わせるときに必要となる約束事)と「個人的な問題」の組み合わせが発症の原因と捉えていらっしゃいます。分かります。
こういうことだとお考えください。フランス人は買い物の時、お釣りをひょいと投げます。日本人のように滅多に手渡しはしません。これがイラッと来る人と来ない人に分かれます。ボクは「ここは日本ではないし、フランス人にとってこれは普通のことなんだ」と何度も何度も自分に言い聞かせました。でも駄目なんです。全然慣れない。ひょいと投げられる度に「イラッ」。あるいは、フランス人は食事の時、バゲット(=お箸)を人に向けて「キミは......」と話しかけます。その先端がこちらの方を向く度、ボクはいつも軽い恐怖を覚えていました。でもそれがフランス人だし、別にフランスではマナー違反にはなりません(たぶん)。「お前さん日本ではそういうことはやっちゃいけないんだよ!!」というのは、文化的コードの差異(日仏の文化の違い)の前では無意味です。そしてボクらがフランス人ならそう思う人に対してきっとこう言いたくなるでしょう。「だったら自分の国に帰れば? ここはフランスだよ?」
郷に入りては郷に従え。この格言を心に刻まなければならない人、つまり呪文のようにそう唱えなければならないシチュエーションに置かれる人こそ、真っ先にパリ症候群に罹ってしまうような気がします。お釣りを投げられてボクが怒っていても「そうだよね」と共感する人よりは「は? 何か問題あるの?」と良い意味で図太い人の方が、フランスに適合しているように思われます。ただこれはパリ症候群だけではなく、広い意味での「コミュニケーション障害」なのでしょう。たとえニューヨークでも上海でも、そして東京でも、ある種の社会的コード(日常の約束事)に対応できない場合、そのコミュニティで生きていくには苦痛を覚えます。パリ症候群がやはりパリでなくてはならない理由、まだまだそこに迫ってみたいと思います。
執筆者/湖之鳥タクマ
ライター・トランスレイター。執筆の傍ら、フランス語・英語講師。三年ほど文学・美術を研究の為、パリ大学に在籍。パリ症候群を発症し、失意のうちに帰国。二度とフランスには帰りたくない!
写真/天野裕子