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ボクはパリ症候群だった 【連載第六回】

August 18, 2011


ひどい目に遭っていても
パリに居続けたい・・・

ボクも実に多くのパリ症候群に罹った人々を見て(診て?)きました。彼/彼女らが抱えていた問題は「言葉の壁」でした。フランス語力もおぼつかないまま「行けば何とかなるよね」という希望的観測でパリに来た人は、徹底的に打ちのめされます。数十もの動詞の活用、名詞と形容詞の性数一致、複雑な数の数え方、語学参考書には載っていないヴォキャブラリーの数々......これらを数ヶ月、あるいは一年程度で使いこなせるようになるには、はっきり言ってとてつもない努力が要求されます。外出先で一生懸命言いたいことを喋ってもフランス人に苦笑させる始末(彼らはフランス語を話せない人間に対し、時に冷淡冷酷です)。自尊心は傷つけられ、外出が嫌になり、そして最後には引きこもりの状態になってしまいます。

友人から聞いた話ですが、あるフランス人が旅行で日本にやってきて、なぜかイライラしています。その理由を聞くと「この人達、フランス語が喋れないんだもの、嫌になっちゃう」と平然と言い放ったということ。またボクが通っていた語学学校の先生は丸々2年間も日本に住んでおきながら、まったく日本語を喋れない......むしろ喋らない......ということでした。全員が全員そうではないにしろ、彼/彼女らがフランス語をどのように考えているか、とてもよく分かるエピソードだとは思いませんか?

パリに来て部屋に引きこもっているのなら、パリにいる必要はありません。しかし、来仏するまでに払った数々の手間と時間とお金を考えると、すたこらさっさと帰国するわけにもいきません。VISAの申請、住居の申し込みと敷金、銀行口座の開設、電気・水道・電話の開通手続き、フライトチケットの手配と引っ越し費用等々。加えて、夢にまで見たパリでの詩的ライフと現実とのギャップに打ちのめされ、人間不信に陥り、かといってフランス語を一人で黙々と勉強する気にもなれず、パリで知り合った日本人達と顔を合わせれば「この前こんな信じられない目に遭った」という報告会で、さもありなん、と首を縦に振る友人達......そんなひどい目に遭っていても、何とかパリに居続けたい。それがパリ・アディクション。だってやっと手に入れた、念願のパリライフですから! 

この記事を読んでそのまま当てはまったパリ在住のあなたはパリ症候群かもしれません。悪いことは言いませんから、一刻も早くフランスを離れることをお勧めします。でもまあ、ボクの意見をすんなり受け入れられるくらいなら、それはパリ症候群とは呼べないのですけどね。妄執的なほどのパリへの執着心、やっぱりそれがパリ・アディクションです。そして時間と共にどんどん心を蝕まれていくのです。手遅れにならなければいいと、ボクなんかは思います。

執筆者/湖之鳥タクマ
ライター・トランスレイター。執筆の傍ら、フランス語・英語講師。三年ほど文学・美術を研究の為、パリ大学に在籍。パリ症候群を発症し、失意のうちに帰国。二度とフランスには帰りたくない!

写真/天野裕子